歩ける時には走っているな。座れる時には立っているな。眠れる時には座っているな。
例のごとく今回も事前にメルセデスからこんな連絡を受けていた。
「あなたが家に着く頃には私はいないの。ポストに家の鍵を入れておくから、勝手に取って中に入っておいてね。」
指示通りに、ポストの中を探す。
......無い。
家の裏にまわる。ポストを探す。無い。
もう一度おもてのポストの中を探す。古く、汚いポストを何度も触るのには気が引ける。何度もポストをガチャガチャやっているうちに、ポスト自体がガラガラと音を立てて崩れ去った。この家、よく見るとポストだけでなくて全体的に年季が入っている。
ポストをなんとか修復したのち、打てる手が尽きたのでメルセデスに電話する。なるべく電話で英会話をしたくない(とにかく聞き取りづらい)のだが、アジア人による過剰な他人の家の探索は、周辺に住む欧米人の不信感を煽るだけだ。
すぐに電話が通じた。
「今日からお世話になるXXです。家のポストの中を探したんですが鍵が見当たらなくて......」
「もう家に着いたの!?こんなに早いなんて思わなかったわよ!いますぐ鍵を届けに行くから、10分だけ待っててね。」
事前のやり取りで僕の到着予定時間を伝えていたはずなんだが......
すぐにメルセデスがマッチョなトランクを運転してやって来た。メルセデス自身も、女性ながら骨が太い。そしてまた、アメリカ人お得意の豪快なタトゥーが腕に入っている。この文化にはいつまでたっても慣れることができない......
「遅れてごめんね。さあ、中に入りましょう。」
すぐにメルセデスによる家のガイドツアーが始まる。一言感想、「この家、やっぱり少しボロい。」
そう言えばair bnbを教えてくれた僕の友達がこんなことを言っていた。
「当然だけど、air bnbにアップロードされている家の写真は、より綺麗に見せるように誤魔化してることがよくあるから、気をつけてね。」
ガイドツアー終盤、1人のひょろっとした好青年(19歳)が現れた。イメージは『ザ・パシフィック』のユージン(ジョゼフ・マゼロ)。
「やあ、はじめまして!俺の名前はカイル。近くの大学に通っていて、メルセデスに部屋を借りてるんだ。」
見たら一発で分かる、いわゆる「イイヤツ」。そのままメルセデスが僕の元からフェードアウトしていき、バトンがカイルに渡る。
「え!?まだ昼ごはん食べてないの?じゃあこの辺のお店を紹介するよ!」
そのまま外へ。「なるべく安いお店が良いんだけど」とのリクエストに、「まかせて!」と。
周辺を歩きながら、いろいろな話をした。アメリカに来て、初めてのアメリカ人大学生。
「趣味は何?日本のどこから来たの?俺の専攻は......ところで彼女はいるの?俺もいま気になる子がいるんだけど、今度映画に行くんだ。」
なんだか日本と同じだ。
ここは大学の街。到着したのが週末だったせいか、お店がほとんどしまっていた。しょうがないので結局サブウェイでサンドウィッチを購入する。カイルは夜にレストランのアルバイトがあるらしく、そのままお別れ。時間は夕方5時。ダウンタウンからはほど遠く、大学以外何もないこの街。仕方が無いから大学へ行って周辺をぶらぶら。
家に戻ると、メルセデスが着替えていた。どうやらメルセデスもレストランに勤めているらしい。これから仕事なんだとか。見たところ、メルセデスはあんまりお金を持っていない、しかも独身。だからきっとこうやってair bnbで部屋を貸したりしてやりくりしているんだ。
今夜の僕の寝床はカウチ。そう、いわゆるソファー。もちろん事前に分かっていたはものの、やっぱりこれはツライ。加えて大きさが僕の身長の3/4ほど。家にいる2匹の猫が遠慮もせずにやってきて、僕がカウチに座る前にカウチに飛び乗る(まあ、僕の方がよそ者なんだけれど。)カイルもメルセデスもいないなか、一人淋しく2匹の猫と格闘しながら寝床に着く。